何のために生きるべきか分からなくなった時の処方箋

こんばんは、佐藤です。

私は中学生ぐらいの頃から、
何か辛いことがあって苦しんでいる時、
自分が何のために生きているのか、
そして何のために生きていったらいいのか分からなくなることがよくあります。

誰かにそのことを相談して、

「自分自身のために生きていいんだよ」

と素晴らしい回答をもらったところで、
私は自分自身への評価がかなり低いので、

「こんな何の価値もない自分自身のために生きるなんて、無理だ。
このまま生きて他の人に迷惑をかけていくよりいっそ死んだ方が・・・」

と思うのですが、その後、

「いや、待てよ。
死んだとしてもその後の処理をする人に迷惑がかかるんじゃないか?
そして残された両親の生活費はどうする??」

という側から見たらかなり滑稽な死にたいけど死ねない思考のループに陥るのです。

 

最近もこんな風に考えることがあったのですが、
さすがにこの思考を繰り返し続けるわけにもいかないと思ったので、
じっくり一度考えてみました。

そして現時点の私が出した一つの答えを書いていこうと思います。

それは、

「迷ったらとりあえず他人のために生きてみればいい」

ということ。

何のために生きればいいか迷って時間を無駄にするよりは、
その分迷いを捨てて他人のために尽くした方がずっと生産的な人生を送れます。

そして何の見返りも求めずに、
他人のために何かをすることができれば、
ほぼ間違いなく他人に喜ばれます。

それは巡り巡って自分自身に返ってくるでしょう。

別にそれを期待するわけではないですが、
「情けは人の為ならず」という諺があるように、
事実として他人のために何かをすれば、
巡り巡って自分に返ってくるのです。

今回の例のように、「何のために生きればいいかわからない」という人だけでなく、
幸せになりたいけどどうしたらいいかわからないという人も、
とりあえず他人のために生きてみたらいいのです。

いくら自己評価が低い人でも、
誰かから感謝されれば嬉しいし、その嬉しさで心が満たされます。

誰かに何かをしてあげることで、
他者からの評価も上がれば、
人から頼られることも増えるかもしれません。

「幸せ」って人それぞれで、
何が達成されれば「幸せ」と呼べるのかはわかりませんが、
どんな時でも「幸せ」と呼べる状態の時は、
少なくとも心だけは満たされていなければならないと思います。

そういう意味では、
他人のために何かをするということが、
幸せのために第一歩になるのかもしれませんね。

 

何のために生きればいいのか分からなくなった時、
そして幸せになりたいけどどうしたらいいか分からないと思った時、
そんな風に悩んで立ち止まってしまった時、
他人のために何かをしてみるというのはいかがでしょうか?